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助け・助けられる生命
論座連載第6回(2008年9月号)


 森を彷徨い生命(ルビ「いのち」)に触れる。海原を漂い生命と語らう。すると、その中でひとつの完成されたルールを皮膚感覚で理解できるようになる。すべての生命が例外なく、「助け」「助けられる」関係の中で存在し得ている事実だ。

 太陽光を受けた植物や植物性プランクトンは、草食動物や動物性プランクトンのエサになる。草食動物や動物性プランクトンは、次ぎに肉食のより大きな生き物の食料となる。食物連鎖を言い換えれば、生命を通じた「助け合い」のこと。だが、「関係」はこれだけではない。

 たとえば、マメ科の植物は根粒菌を根に棲ませることで、根粒菌から窒素化合物という栄養をもらっている。それは宿主であるマメ科植物だけでなく、周辺の草木をも潤わせる。

 たとえば、人間から徹底的に嫌われているシロアリにしても自然界では重要な役割がある。風や雷によって倒れた木、または寿命を終えた枯木を、短時間で処理することだ。もし、自然界にシロアリがいなければ、重なり合った倒木により、小さな植物や木の芽は太陽の光を十分には浴びることができくなる。つまりシロアリがいるお陰で森は再生し、反対にいなければ、その瞬間から森はゆっくりと死に向かうのである。それだけではない。サバンナや熱帯雨林で日常的に目にするシロアリの巣「アリ塚」は、大地の中に酸素を送り込むダクトの役割をも果たしている。頑丈な土作りのアリ塚内部には、シロアリだけでなく、様々な生き物が外敵から身を守りながら暮らし、アリ塚を自然のシェルターとして使用しているのである。

 アフリカのサバンナを主な住処にしているライオンは、実のところ狩りが上手くない。百獣の王と称される彼らが食べるのは草食動物のみ。だが狙った獲物を倒す確率は2割でしかなく、最大の死因は餓死なのだ。つまり植生がまばらなサバンナにおいて、植物を食料とする動物が殖えすぎた時にのみ、ライオンは草食動物を間引くことが許されるわけだ。ちなみにライオンが食べ残した腐肉を、食べて処理する主な生き物にハイエナがいる。頑丈なアゴを持つハイエナは骨まで噛み砕いて飲み込んでしまうため、食べられた草食動物の死骸は骨を含め、極短時間で土に戻り、病原菌の温床になることがない。爆発的に殖える「げっ歯目」の小動物を好んで食べることと合わせ、サバンナを衛生的に保つことがハイエナの重要な役割なのだ。

  陸上で最大の哺乳類アフリカ象は、広い空間が十分に確保されたサバンナに適応するなかで、身体を巨大化させてきた。だがサバンナは同時に日陰が少ない場所。そのため、生まれたときから身体全体に刻まれている無数のシワに泥水をかけ、乾かすことで泥の衣装をつくり、直射日光から身体を守る。これに関連していえば、アジア象にシワが少ない理由は、日陰の多い密林で生活するためで、泥の衣装が必要ないから。それだけでなく、密林でも自由に動けるよう、アジア象はアフリカ象に比べて身体が小さい。

  成体のアフリカ象は、一日200キロほどの草や葉、果実を食べる。重要なのはそれを未消化のまま排泄すること。その結果、象に食べられた植物はより広い範囲で子孫を残すことができる。食べられる植物と象の間には相互扶助の関係が成立しているわけだ。

 しかし、大量にまかれる象の糞がそのまま処理されないと、それが病原菌の温床になる。これを防いでいるのが身体の小さな甲虫「糞コロガシ」だ。オスが切り分けた糞を、何匹ものメスがそれぞれ500円玉ほどの大きさに丸め、後ろ足で蹴りながら安全な場所まで運び、卵を産む。その時メスの身体の中では、ホルモンのスイッチが入っているのだろう。外敵が近づいても隠れることもなく、ひたすら大きな糞を転がし続ける。そして産み落とされた幼虫は、糞の「ゆりかご」という栄養の塊を食べることで成長する。糞を転がすことで時に嘲笑の対象にさえなる小さな虫だが、生態には自然界が編み上げた絶妙な知恵とバランスが隠されている。

 太陽の熱と光から始まる生態系の連鎖は、プランクトンや細菌、昆虫や動植物すべての生命を巻き込み、それだけでなく風や水、地熱や氷河までもが微妙に関連し、助け、助けられながら、大きなうねりとなって、ひとつの物語を織りなしている。

 突き詰めるなら、今、人類が直面している深刻な環境問題の本質は、自然界の中で私たち人類だけが、「助ける」より、「助けられる」ことの方が桁外れに多い点にある。地球史の中にあって、相互関係における収支で圧倒的にバランスを欠いた種が生き続けた例は、ない。

 参照(拙著「生命がめぐる星」フレーベル館)


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